素直な人が、好き。
意地を張らずに
臆さずに
まっすぐ心の中のことを相手に伝えられる人に
とても魅力を感じてしまう。
嬉しい時は嬉しいと、
悲しい時は悲しいと、
その理由を自分の言葉で素直に伝えられる人を
とても羨ましく想ってしまう。
昔から意地っ張りだった。
「意地っ張りは人生損をするよ」
と父親に時折言われていたほど。
見事に損をよくして来たなぁっと今、
大人になって思う。
でも、意識的に伝えるレッスンを自分に課して
だいぶ素直になってきたように感じる。
でも、フッと気づくと意地っ張りに戻ってるを繰り返し。
目の前にいる相手の目を見て素直に伝えることの愛おしさ。
わたしの座右の銘で
『自分がひらけば世界もひらく』
というものがあるのだけど、
自分から心をひらいていくことで
世界=相手もそれに呼応してくれる
の意で、
『鏡は先に笑わない』
に通じるところもあるな、と最近感じているよ。
まずは、自分から。
世界はいつだってわたし起点で始まり
目を瞑れば、消える。
その“世界”は人の数だけ存在して
すべての人が自分起点の“世界”を持ってる。
それは、この世界はすべて自分のフィルターを通して
見聞き感じているものだから。
自分起点の世界をより自分のイメージするものに
より近付け変えていきたいのなら、
まず、自分がその世界にひらいていくことなんだろうな。
で、自分にも人にも素直であることは
“ひらいていくこと”の大きな手助けになるし、
伝えられやすくなるし
受け入れられやすくもなるって確信してたりする。
って、
何が言いたいのかというと、
素直であることは可能性を切り拓いてゆくチカラになるし
なによりとっても、いい。
シンプルに。
素直な人と居ると、
わたしも素直になっちゃうから、尚いい。
2年前の初夏に出逢った人を通して今、わたしは長く苦しいトンネルの中にいる。
雪解けの季節とともに、
春の足跡ともに、
このトンネルの向こうに眩しい光を感じられる日を待ちきれずにいる。
せめて、
自分には素直でありたいな。

《今日の一枚》
友人のマクラメ作家兼石屋である月のかけらさんのイベント出店でのお手伝いのひとコマ。
抜けるような青空の下、ジオードクラックWSの番人なわたし。
